第43回
- 唐橋と瀬田しじみ -

瀬田の唐橋 唐銅 擬宝珠

   水にうつるは 膳所の城


  この歌は、滋賀県瀬田町に残る古い歌です。
 瀬田の唐橋は、近江八景の一つにも読み込まれていて有名ですが、時代を追って幾度か架け替えられており、その都度橋の位置を全体的に上流の北の方に登らせ、人為的に琵琶湖に近付けていったということです。

 「現在、上流(北側)の橋(国道1号線)が琵琶湖岸ぎりぎりのところまで接近しているということですから、まことに面白い現象だとおもいますよ」(私のそばで写生をしていた滋賀大学の学生さんのお話)

 ところで、瀬田の唐橋が架けられたのは景行天皇の御代といいますから1800年から1900年前のことらしいです。

 当時、瀬田川の畔、平津から対岸の中山の間に粗末な丸木橋が架けられていたようです。ところがこうした橋は、少し瀬田川の水が増水しただけで波立ち、橋が流失して転覆する危険がありました。東国や京都方面へ向かう人が多く、橋止めもできず、旅人の注文によって何隻も船をつないで、その上に板を並べ、それを橋として通っていたようです。
 この橋は舟橋と呼ばれていたようです。この橋の助っ人のように出来たのが石山寺仁王門前の黒巣橋(くろすばし)です。木の丸太に藤づるをからませ、その上に土をのせた土橋でしたが、人々はこの橋を「からみ橋」と呼び、遠来の旅人や、瀬田の町の人達にも喜ばれました。
 唐橋というのは、唐風の橋という意味もありますが、藤づるのからみ橋と言っていたのが訛って、唐橋となったのではないでしょうか。

 しじみといえば瀬田

 みいしじみ よろしけエー
 かわしじみ よろしけエー


まだ明けやらぬ大津の街に流れる懐かしいしじみ売りの声。
この声が街から聞こえなくなってしまったようです。
それに輪をかけたように「瀬田のしじみが年々減って行く」と嘆くおかみさん達のささやきがボリュームを上げてきたようです。
 瀬田しじみは、別名紅しじみと言う。今はこのしじみが瀬田で採れるようになったのは、関が原の合戦のあと、近江の国膳所二万五千石の城主に戸田左門一西(かずあき)が封ぜられてからのこと。戸田氏は、武蔵国(関東地方)に五千石を賜っていましたが、関が原の合戦での手柄により、膳所の殿様になって、領民のために色々と良い政治を行いました。その一つがこの紅しじみの養殖だったのです。
  瀬田川には、大昔からしじみはいたのですが、殻が黒くて時雨煮にはよかったのですが、お吸い物の実には不向きな面があったようです、

 べっ甲色の貝殻は、ほのかな光沢を放ち、まことに紅しじみと呼ばれるにふさわしい美しさがあります。
この紅しじみを瀬田に移すため、膳所の城主一西は、大変な苦労をしました。交通不便なそのころ、武蔵野国で採れる貝を生きたまま近江に運ぶことはなみなみならぬことでした。

 輸送の途中に、ほとんどが死に絶えるといった苦労を繰り返した後、一西はようやく種しじみを瀬田川に放流することに成功しました。そしてこれが見事に成長をとげ、漁民達は新しい水産物を得て大変な喜びようでした。

漁民達は、このしじみを「左門しじみ」と名付け、城主戸田一西の仁政をたたえたのです。桜の時には桜を、新緑の候には緑を、また紅葉の候には美しい紅葉をうつす瀬田川の流れは昔から変わりなく豊かな流れを見せておりますが、その上に架けられた五つの橋はそれぞれ近代の粋を競うようですが、昔の面影を残しているのは、唯一、この古い唐橋のみです。

 瀬田の唐橋は、壬申の乱の古戦場ともなりました。志賀の山に大津京ができて後まもなく、天智天皇は世を去り、吉野に退いていた大海人皇子は、近江朝廷が自分を亡き者にしようとしていることを知り、反乱を起こします。これがいわゆる壬申の乱です。

 大和の国と、近江の各地で戦いが始まり、近江朝廷軍は負け続け、侵攻してきた大海人皇子軍と瀬田の唐橋で衝突、激戦の末近江朝廷軍は敗れ去り、大友皇子は自決して戦いは終わりを告げました。その当時の唐橋は、現在の位置より約80m下流にあったようです。昭和62年(1987)の川底発掘調査によれば、橋脚の基礎部分が発見され、六角形に組んだ台材を川底に沈め、その上に石を積み上げて浮かないようにし、その上に橋脚を立てるという国内では他に例のない強固なものであったそうです。(滋賀県の歴史・県中学校教育研究会編による)

 瀬田の唐橋、その下を流れるのは今も昔も変わらない琵琶湖の水です。この瀬田川の岸辺の美しさもさることながら、宇治川となり、淀川となって多くの人達の生活を支えてきました。それに京、大阪の人々にも有名な「瀬田のしじみ」もこの川底から採れるのです。

(曽我一夫記)


=シジミの説明=
大津の膳所城主に選ばれた戸田左門一西が関東から採集したベニシジミの種シジミを陸路運搬し、瀬田川に植え付けをした。そのシジミが成長を遂げベニシジミとして新しい水産物となった。


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