第2回

     相対年代と暦年代・絶対年代
 考古資料の年代に相対年代と絶対年代がある。
ある出来事がいつ起こったかを示すのが、絶対年代であり、暦年代ともいわれる。製作年代のわかる考古資料があれば、それが出土した遺構などの年代は考古学的に推測できる。

弥生時代の中期後半以降は、製作年代のわかる前漢鏡をはじめ中国鏡が甕棺墓などから出土するため、中期後半が紀元前一世紀後半で、それ以降の年代も与えることができた。ところが、弥生時代中期中葉以前についてはそうした遺物の出土がないため、列島内の試料では考古学的に年代を示すことが出来ない。そこで、日本の考古学では発掘調査の結果、普遍的に発見される土器を基準とする相対的な年代観を深化させてきた。 縄文土器・弥生土器という新旧関係の概念で年代を設定している。

 ここで用語の定義を確認しておこう。
相対年代とは、一つの地域において、ある考古資料が別の考古資料よりも古いか新しいかという相対的な位置づけである。それは、その地域で得られた一括遺物や、新旧の関係のわかる事例を中心に、層位学的検討と形式学的検討を加えて決定する。そうして得られた一連の体系が編年で、その作成はあらゆる地域・あらゆる時期のあらゆる考古資料で可能である。

暦年代は、絶対年代や実年代と同義で、ある考古資料が属する年代を西暦で推定・表現するという約束事を示す用語である。暦年代は、年紀が記されている資料、年紀を推定できる資料を含む一括遺物を用いて、相対編年の各分期に付与される。

紀年の推定や決定が可能な考古資料はその地域の製作であっても、他地域からの搬入資料であっても差し支えない。近年、相対編年に立脚した考古学の年代観にたいし、年輪年代測定法や炭素14年代測定法(AMS法)などの理化学的方法によって絶対年代(暦年代)を定める取り組みが非常に有効視され始めた。

しばしば、理化学的に導かれた年代値とこれまで考古学的に考えられてきた年代観が明確に隔たることもあり、大きな話題となっている。 このような新たな年代値については、その妥当性の十分な検討が尚必要であるとされているが、理化学的方法は考古学者が提示できなかった厳密な年代測定値(絶対年代値)を数多く導き始めていることは確実である。

 年輪年代法とは樹木の年輪幅の広狭などの変動を手がかりに、その木材の伐採年や枯死年代を誤差なく暦年でもって、正確に求めることの出来る年代測定法である。すでに、世界40ヶ国以上で考古学、建築学、美術学、地理学などの分野で広く使われている。わが国でも、試行的研究が行われてきた。
日本列島は気候が多様で地形の変化に富んでおり、樹木の年輪は、各地域の環境差を年輪形成に反映する。そのため共通した変化変動を見ることは出来ないという考えが支配的であり、わが国での年輪年代法の実用化は難しいとされてきた。

 奈良文化財研究所は1980年から、この実用化を目指し、約三年間の試行の結果、ヒノキ、スギ、コウヤマキなどの年輪は、年輪年代法に適していることを明らかにし、年代を割り出す際に基準となる暦年標準パターンの作成を順調に進めた。 

本法の原理は樹木の年輪幅を10ミクロン単位で計測し、その変化を経年的に調べていくと、生育環境が似かよった一定の地域のなかでは、樹種ごとに固有の年輪変動パターンを描くことに基づいている。こうした性質を持った樹木の年輪パターンを手がかりにすれば、同年代に形成された年輪かどうかの判別が、指紋の照合のごとく可能となる。年輪がほぼ同じ様に変動変化しているかどうかの検討がこの方法研究の第一段階であった。

第二段階は年代を一年単位で割り出す為の暦年標準パターンを前もって作成することである。暦年標準パターンの作成は、最初に伐採年の判明している多数の現生木試料から、年輪幅の計測値(年輪データ)を収集し、これを総平均する。これにより個体差が消去される結果暦年標準パターンを作成することができる。

 つぎに、古建築部材や遺跡出土材を多数収集し、それから計測、収集した年輪データを用いて作成した年輪パターンと、すでに作成済みの暦年標準パターンを順次照合していく。その重複位置で連鎖すると長期に遡る暦年標準パターンが作成できる。年輪パターンの照合は、年輪パターンそのものを肉眼で観察する場合と、年輪データを統計的に処理する場合とがある。肉眼で観察するためには、横軸に等間隔で年代をとり、縦軸には各年の年輪幅を片対数グラフにプロットし、鋸歯状の折れ線グラフを作成する、これが年輪パターングラフである。
一方、統計的処理はコンピュータを用いて時系列解析の相関分析手法によりおこなっている。

 試料材の測定は、年代不明の木材、例えば遺跡出土木材の年輪幅を計測して、試料の年輪パターンを作成する。そして、暦年標準パターンの中で合致するところを探し求めれば、暦年標準パターンの暦年を試料パターンにそのまま当てはめることができる。つまり、試料材の年輪は今から何年前のものかが判ることになる。このとき、試料材に樹皮が一部でも残存しているか、あるいは成長していた当時の最外年輪が残存している形状のものであれば、試料材の伐採年、あるいは枯死年を暦年代で正確に確定できる。暦年標準パターンは樹種別、地域別に作成することが望ましい。

 しかし実際問題として、長期にわたるパターンの作成は、試料収集が容易ではない。このため、伐採年の確定している現生木で、例えばヒノキの暦年標準パターンが他の樹種にも応用できるかどうか、また、地域的にどのあたりまで適用できるかどうかを、予め調べておくことも重要である。
現在、ヒノキ、スギ、コウヤマキ、ヒバの暦年標準パターンが樹種別、年代別、地域別に作成できている。ヒノキが紀元前912年まで、スギが紀元前1313年までなどであるが、この4樹種については、用意された年代範囲なら1年単位の年代測定が可能である。この暦年標準パターンは、今後良好な木材試料が豊富に入手できれば、さらに過去に延長できる。

 年輪年代法で年輪年代が確定しても、原木の伐採後、運搬の為の期間や加工するまでの乾燥期間、あるいは長い間使用したのち廃棄したり、時には古材を再使用したりしていることもあるので、年輪年代の結果のみによって、遺跡や遺構の年代を推定することは慎重でなければならない。

 次に炭素14年代法であるが、最新のAMS法(加速器質量分析法)は加速器で炭素原子をイオン化して加速し、微量の炭素14原子を1つ1つ数えることによって濃度を測定する方法で、現在では1ミリグラム以下の炭素試料を0.3−0.5%以下の精度で測定できるという優れたものである。

大気や現在生育している生物には、放射性の炭素14が極微量(炭素原子1兆個につき1個程度)含まれている。生物が死亡して大気との炭素のやり取りがなくなると、その体内で炭素14は一定の割合で減少していく。この性質を利用し、生物起源の遺物やその炭化物の中に残っている炭素14の濃度から、その生物が死んでから何年経過したか(何年前のものか)を算出するのが炭素14年代測定法である。

これは、空気中に含まれる放射性炭素が過去数万年間一定であるという仮定に立っているが、実際は地球磁場や太陽の黒点活動などの影響から、時期によって炭素14濃度は変動していたことがわかっている。そのため、「炭素14年代」から実際の年代(暦年代)を求めるためには、補正が必要である。近年、木の年輪(1年ごとに年代が確定できる)を測定することによって、過去の炭素14濃度の変動を調べ、暦年較正データベースとして整備する作業が国際的に進み、炭素14年代を正確に暦年代に変換できるようになった。当然乍ら、日本産樹木についての年代の物差し(較正曲線)も作成され、実用化されつつある。

 考古資料の年輪年代の確定により、従来の考古学的常識が訂正された例や、炭素14年代測定法の測定値から、弥生時代の開始年代が紀元前1000年にまで遡るという問題提起などは次回以降で詳細を紹介することとし、ここではもっとも最近の「卑弥呼の墓かも」と新聞紙上を賑あわせた炭素14年代測定法研究発表の波紋について触れるに止める。

  国立歴史民俗博物館(千葉・佐倉)の研究グループは5月31日の日本考古学協会総会で、奈良・桜井の箸墓古墳の築造時期が土器に付着したススや焦げなどの炭化物を、炭素14年代測定法で測定した結果、これらの土器が西暦240−260年に作られ、古墳が築かれたのもその頃と推定すると発表した。

その焦点は、これまで土器様式から3世紀後半頃と見られていた箸墓古墳の築造時期が、卑弥呼の死亡時期と一致したため、卑弥呼の墓の可能性が高くなったと見るかどうかにある。これは邪馬台国の所在地をめぐる「畿内か」、「九州か」の熱い論争にも影響が大きく、考古学者の間で歓迎と懐疑の声が交錯している。発表の司会者は「今回の報告は協会の共通認識となっているわけではない」と報道機関に冷静な対応を求める異例の要請を行った。

当面は「今回の発表は箸墓古墳の年代についてであり,それが卑弥呼と結びつくかどうかは別問題。弥生から古墳時代への移行は日本の国家成立の過程を見通して議論すべきで、年代測定結果だけで言い切ることは出来ない。」というところであろうか?

 今回の測定の試料数が少なく、解析手続きが検証できない発表となっていることも批判の一因となっている。
(岡野 実)
文献 1)考古学と暦年代  西川寿勝他 編 ミネルバ書房 (2003)
    2)考古学の基礎知識 広瀬和雄 編  角川選書409(2007)
    3)朝日・毎日・日経・産経など 新聞記事 (2009.5.29−6.13)


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